カテゴリ:動機( 9 )

 

星の家で居候してたころ

a0012182_9222018.gifもう、ずっと昔の話。

あんぱんさんがユーミンが好きで、いつも歌声が流れていた。あんぱんさんはあられちゃんみたいなひとでぼくはがっちゃんと呼ばれていた。

ちぃいさぁなころぉはーかぁみさまがいてー♪はさっきからリフレインが止まらないので、今度ウクレレで弾き語りをしようと決めた。

目に映る全てのモノがメッセージ」と締め括られるこの歌は意味深だ。

このところ、センシティブになっていてなんでもかんでもシンクロしているように感じてならない。

人生の仕組み図が作れるならなにかが解るかもしれない。
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by knazy | 2004-09-05 16:18 | 動機  

誰も知らない小さな国

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小学3年生の時に、この本を読んでしまったことがすべての始まりだった。

大学生になって、偶然、この本の舞台を知ることになった。案針塚がその舞台だった。なんどか、案針塚を訪れ、歩き回った。

そうなる前に、実はアルバイトの出張先で金沢文庫に行ったことがある。以来、自分の故郷に似た、この地域は歩き回っていた。今のようなマンションなどないような住宅地だった。住宅地の坂を上りきると海の見える公園があった。このときはそういう公園名ではなかったと思うが。2CVで行ったこともあった。新しくて懐かしいところ。野島公園からは、海苔づくりのために海面に突き立てられたいくつもの竹が情緒的だった。今は記憶の中だけにある風景だ。

そうした後に案針塚に訪れ、山を彷徨い、知らない道に出ることもあった。
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by knazy | 2004-09-04 20:09 | 動機  

AVANTI

なんかblogって

AVANTIを見つけて来た。サントリーサタデー・ウェイティング・バーの。

そして、バーテンダーや常連客のプロフィールを見て、またもや。驚くことになってしまった。

このAVANTIをよく聴いていたのはずいぶん前の話で、バーテンダーもジェイクだった。今はスタンがやっているらしい。そのプロフィールに「21世紀を迎えて、放浪のボヘミアンもようやく腰を落ち着けた模様で、現在の最大の 生き甲斐は、葉山の先の秋谷海岸に手に入れたボロ家を、自らの手で改修することだ と言う。 」

がーん。これはもう予知と言っても良いのかも知れない。なんだか、あちこちいろいろと繋がっている。
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by knazy | 2004-09-03 23:06 | 動機  

クラウ゛ィア

胃が悪いにも関わらずよく通う自家培煎珈琲屋だ。
コーヒーのことのほとんどはここで学んだ。音楽と映画のことも。マニアなオーディオも。ホームシアターも。
恵比寿にある自家培煎珈琲ウ゛ェルデのマスターもここによく来ていたという。どちらもわたしの親しくしているコーヒー店だ。
そうはいっても胃潰瘍になってしまってはコーヒーは飲めない。しかし忘れられないコーヒーの味がある。かなり前に品質の良いジャワロブスターがあり、飲まないといられないような中毒にかかった。いまだに覚めないこの味を求めて、胃と相談しながら飲んでいる。
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by knazy | 2004-08-08 11:24 | 動機  

オリジナルのblogサイトを構築してみた

Nucleusというblogツールをインストールした。

サーバーの環境が分からないと正しくインストールできないレンタルサーバーのCSIDEでやってみたのだが、サポートは当てにならない。まったく、見当違いの回答。仕方ないので自分でハックしてみる。そして、ようやくインストールがうまく言った。

スキンをモバイルタイプのものと同じように変更してみた。なかなかすっきりしている。Safariだとカレンダーがきれい見えないみたいだ。こうして、実際に作ってみると、このexblogもよくできていると感心する。少なくともexblog並みに直感的に使えるblogにならないとしょうがない。
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by knazy | 2004-06-05 17:02 | 動機  

決意表明

ってタイトルをつけるとすごいイメージになるなあ。不退転の覚悟っていう言葉よりも強いイメージがある。

何を決意したかについてはこれから書いてみよう。

もっとも不退転の覚悟と決意では意味が違うのであるが、意識状態は決意の方が高く、情動も強いものを感じる。不退転とはその決意した物事が、翻らないように維持することでもあるが、言ったとたんにくじけそうな見ずからの意識を自覚しつつあることを意味するのではないか?
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by knazy | 2004-04-19 08:29 | 動機  

動機

ひとは動機がないと行動に結びつかない。不純な動機と言うが、立派な動機だ。不純な内容に本人が問題があると言う認識なのだと思うが。

裁判でも動機が最大の争点とされている。動機もないのにひとはひとを殺さないと言うことだろう。

からだが疲れたなあとか、なんとかこのからだをしたいとか、どうにもならなくなったこのからだの具合を健康にしたいという動機から、ひとはスポーツをしたり、温泉に行ったりするエネルギーになる。そのままほっておくと寝たきりになるかも知れない。老人の多くが、寝たきりや介護の世話になるきっかけはちょっとした骨折や腰の痛みで、外に出かけなくなり、ゆくゆくは寝たきりになると言う。

外に出かけなくなれば刺激も少なくなり頭もぼける。うつにも成りやすい。真面目な人は特に生活習慣が安定していることで、毎日の計画、判断、選別が行われる機会が減る。サラリーマンが定年後に惚けたりするのが早いと言うのもそうしたことかも知れない。また、一気に老けたりして見えるのも脳が急に萎縮している可能性もある。

そこで、動機と言うことがたいせつになる。不純な動機だろうがなんだろうが、ひとが生きる上でエネルギーを使えるのはこの動機があるからだ。もはや、性欲も食欲も欲に関することは動機の源泉だと思う。

情報過多の時代にこの動機と言うものを整理するのは容易くない。自分でも、いろいろと興味があり、その興味のアイテムそれぞれにエネルギーを割くための集中力が分散されがちである。このblogも動機を維持するためにはじめたようなものだ。

動機の目的は「誰も知らない小さな国を作ろう!」というものだ。この目的に至るさまざまなシンクロニシティも動機を強化する。しかし、それを挫くような事件があったり、現実があったり、否定的な意見を言うひとが現れたりと、艱難辛苦を味わうことになる。大人になると、苦いコーヒーでも菜の花でも、その苦さが味の奥行きを作り、病み付きになることはあるけれど。
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by knazy | 2004-04-09 14:37 | 動機  

見えないものを見えるようにする

普段何気ない生活を営んでいると、利便性を追求する都会的なセンスで多様なサービスの中に埋もれてしまうだろうと思う。水が高いところから低いところに流れるように、自然の原理がそうなっているように、人もまた楽をしたい方向に流れる。もっとも人間は楽がしたいがために発明やらプロジェクトX並みの努力もしてきた。

「お〜い、お茶!」っていうのはお茶の飲料水のことではなくて、象徴的な言葉だと思ったので、取り上げておく。現在の60代の夫婦なら夫が妻にこういう呼びかけをするだそうし、妻を呼ぶのも、オイッ!ってな具合だそうだ。こういう関係をツーカーの仲とか言うらしいが、以心伝心とか、ポジティブに使われていた。しかし、時代は変わったので、熟年離婚の原因のひとつにもされているらしい。

無意識的なものを意識化するには言語化するのと同様で、ツーカーで何事も済んでしまう仲というのは、理想の夫婦像でもあると思うのだが、これは互いの解釈が一致しているということだろう。言語化せずに済むということは無意識のレベルで深くつながっているわけだ。たいていの恋愛感情のエモーシャルな部分はこの無意識の力らしい。

しかし、社会システムのなかではツーカーと言うコミュニケーションは通用しない。官公庁には膨大な予算の資料があり、大企業にはISO9001に従ったドキュメントの山がある。資本主義の貨幣による交換市場経済を続けてゆく限り、私たちは意識化された世界、つまり現実からは逃れられない。

世知辛い世の中なので、信号が青だからといって横断歩道を渡れば安全だとは言えない、社会ルールを守らない人も多い、暗黙のルールも今では、夢の島に追いやられたことだろう。ずいぶんと注意深く生きなければならなくなったものだ。私たちは夢から覚めなければならなくなった。つまり、自覚せよということだ。この現実を直視し、自覚することが必要になったのだ。

最初に戻ろう。「見えないものを見えるようにする」というフレーズを自分のテーマの一つにすることになったのは、エントロピー学会でエレンスワローのことを知ってからのことだった。エレンスワローはリチャード夫人として知られている。初めて女性としてマサチューセッツ工科大学(MIT)に入学した人であり、初めて女性としてMITの教授にもなった人だ。エコロジーの名を創設したひとでもあり、100年前のアメリカに生きた。100年前のアメリカは今の日本よりも当然女性に対する偏見があった。しかし、エレンには、才能と情熱があった。エレンは自宅に初めてガスを導入し、調理するときに目の前にガスメータを設置し、どういう料理にどれだけのガスを利用するか、調査した。詳しくはR=クラーク/工藤秀明訳『エコロジーの誕生: エレンスワローの生涯』を読んで欲しい。

後に、エレンの考え方はフレデリック・ウィンスロー・テイラーの「科学的管理法の諸原理」に引き継がれていると考えている。彼はストップウォッチを片手に仕事を測定し、効率的な仕事のやり方を工夫したりした。それをIE(Industrial Engineering)と呼んでいる。これらはコストダウンの手法で日本の工場に多く取り入られ、人間がロボットにされてしまうような恐れもあった。「見えないものを見えるようにする」ということは人を幸せにもすれば不幸にもする。少なくともスローライフを目指す自分としては幸せになる方法を模索したいわけだが。
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by knazy | 2004-04-06 13:58 | 動機  

好きな色

a0012182_16315.jpg以前、夢の中に出てきて以来、ミモザが好きになったのだが、この前の利根川の土手で見かけた菜の花もすばらしい。

黄色と緑のコントラストは、なんとも言えない気持ちにさせてくれる。これはどういう認識なのだろう?自分の脳の中で何かが働いているのだろうか?

2年ぐらい前だったか、そのミモザの夢を見た後のことだと思うが、オーラソーマと言うカラーセラピーを受けたことがあった。たまたま、知り合いがやっていたからだが。そこで選択したボトルが74番のトライアンフだった。



昨晩、あるある辞典で血液型と性格のことをやっていたが、誰もが血液型とその気質というものを何となく気づいているに違いない。あの人は〜型だからという説明で腑が落ちることもある。あるあるでの実験では、幼稚園児の行動を見ていると明らかに特徴が出ているので驚いた。自分はA型だけれど、あれほど極端ではないなとは思ったんだけどね。几帳面と言っても、テーブルの上は割合乱雑で、ただ、おしぼりを畳み直すのはいっしょだったけど。たしかに、客観的に自分の姿を分析することは、無意識的な行動を意識化し、自覚できるようになり、自分の行動をコントロール可能なものとするとは思う。それは社会的なグループの中で発揮されると、よい形で気が流れるのかもしれない。自分にとって無意識な行動はそれが脳内で心地よい状態を作り出すのではないかと思った。好きな色というのも、それを作り出すために、その色を見たときにリラックスしたりとか、意識が向くのではないだろうか?

血液型は4種類だが、オーラソーマはずいぶんと種類がある。最近では誰か、芸能人もプラクテショナーの資格を得たそうで、これからはやるかも知れないけれど、ひとはどうして型にはめられて安心を得たいと思うのだろうか?精神の問題が宗教と結びつく意義がそこにあるのかもしれないとなんとなく思った。
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by knazy | 2004-04-05 16:32 | 動機